労災補償の男女差別に違憲判決

1 本年5月27日、京都地方裁判所は、業務上災害による男性の著しい外貌醜状障害について12級と定める労働者災害補償保険法施行規則別表第1「障害等 級表」を違憲と判断し、原告に対する労働基準監督署長(処分行政庁)の障害補償給付の支給に関する処分を取り消した。外貌醜状について男女差を設けている 「障害等級表」に対する初めての違憲判決である。
 そして6月11日、国の控訴断念を受けて本判決は確定した。予想に反して、地裁段階で違憲判決が確定するという異例ずくめの事件となった。

(糸瀬美保)

2010年08月30日

労災補償の男女差別に違憲判決

1 本年5月27日、京都地方裁判所は、 業務上災害による男性の著しい外貌醜状障害について12級と定める労働者災害補償保険法施行規則別表第1「障害等級表」を違憲と判断し、原告に対する労働 基準監督署長(処分行政庁)の障害補償給付の支給に関する処分を取り消した。外貌醜状について男女差を設けている「障害等級表」に対する初めての違憲判決 である。
 そして6月11日、国の控訴断念を受けて本判決は確定した。予想に反して、地裁段階で違憲判決が確定するという異例ずくめの事件となった。

(糸瀬美保)

2  本件の原告男性は、1995年、勤務先での金属の溶解作業中に高温(1000℃以上)の溶解炉から溶けた銅類が吹き上がり、大火傷を負うという労災事故 に遭った。原告は、2004年12月までの約10年間に16回に及ぶ手術を受けたが、右頬及び顎、頚の広範囲並びに胸部全域、腹部のほぼ全域、上肢、下肢 に瘢痕及び瘢痕拘縮による著しい醜状が残った。
処分庁は、原告の上肢及び下肢の醜状障害と露出面以外の醜状障害について準用第12級とし、これと 外貌の著しい醜状障害(第12級の13)を併合して第11級と認定し、給付基礎日額223日分の一時金及び29万円の特別支給金を支給した。ところが、こ れが女性であれば、併合5級の認定を受け、給付基礎日額184日分の年金と225万円の特別支給金が補償される。

3 これは、「障害等級表」が、外貌の著しい醜状障害について、女性第7級の12、男性第12級の13と規定していることによるものである。ちなみに「障害等級表」は、単なる外貌の醜状についても、女性第12級の14、男性第14級の10と差異を設けている。
そこで、本件では、この「障害等級表」が、憲法14条1項後段において明示的に禁止されている性別による差別的取り扱いを規定するものであり違憲であるとして処分の取消しを求めた。
「障 害等級表」の沿革を見てみると、その前身は昭和11年に改正された工場法の別表である。現在の「障害等級表」は、男女平等を謳った憲法の下、1947年9 月に施行されたが、醜状に関する規定は工場法の規定と相違はなく男女は差別されたままであった。その後、男女雇用機会均等法の制定・改正、労基法の改正な どにより、労働法制の分野では女性への差別のみならず男女双方の差別禁止、男女平等の徹底強化が指向されてきたにもかかわらず、「障害等級表」は1947 年当時のまま現在に至った。
 おそらく制定時においては、「女は顔」「女は外見」という男性社会が作り上げた価値観に基づいて、女性の方を上位に 格付けたのであろう。しかしながら、性差に関する社会的評価や国際的情勢が大きく転換した現在、外貌醜状に関する「障害等級表」には何の合理性も認められ ないというべきである。何よりも、外貌醜状によって受ける精神的苦痛や社会生活に及ぼす影響は、本来個別的であり、男女という性差によって区別できるもの ではない。

4 被告国は、外貌の醜状障害が第三者に与える嫌悪感、本人の精神的苦痛、就労機会の制約には男女に差異があることを理由に本 件差別は合理的であると主張し、その根拠として、労働力調査、化粧品等の売り上げや広告費に関する統計、交通事故の裁判例、国政調査の結果を挙げた。
本 判決は、国勢調査の結果を除いていずれも合理性の根拠とはならないとした。国勢調査の結果についても、外貌醜状障害について損失補償が必要である職業につ く割合が男性に比べて女性の方が大きいということがいえるとはしたものの、本件の差別的取扱いの合理性を説明するには根拠が弱いとした。また、外貌醜状障 害により受ける影響について男女間に差異があるという社会通念自体は否定しなかったものの、その根拠は必ずしも明確ではないとした。
その上で、著しい外貌醜状障害について男女の性別によって5級もの差を設けた「障害等級表」は、合理的理由なく性別による差別的取扱いをするものとして、憲法14条1項に違反すると判断した。
本 判決が、障害等級の策定に厚労大臣の広い裁量を認めている点、根拠を示さずして外貌醜状障害により受ける影響について男女間に差異があるという社会通念を 認めた点、男女に差を設けていること自体が直ちに違憲であるともいえないとした点は不満であるが(これが今後の行方に大きく影響している)、「障害等級 表」が外貌醜状についてのみ性別で差別していることの不合理さを素直に認め、違憲判断を下したことは、高く評価することができる。

5 厚生労働省は、本件違憲判決の確定を受け、「障害等級表」の外貌醜状障害の等級を見直す作業を開始するとしている。
素 直に考えれば、男性について規定した12級が違憲とされたのであるから、女性について規定した7級に統一すべきである。ただ、本判決が「男女に差を設けて いること自体が直ちに違憲であるともいえない」としていることを捉えて、あくまでも男女の等級に差を設ける形で著しい外貌醜状に関する障害等級表を改正 し、単なる外貌醜状については2級の差をそのまま残すことも想定される。あるいは男女を統一するとしても、「厚労大臣の広い裁量」を根拠に女性の等級を下 げることによって差異をなくすという手法をとることも懸念される。
しかしながら、外貌をめぐる考え方は近年特に多様化しており、職業や対人関係に おいては男女を問わず外貌が重要な意味を持つとすれば、外貌醜状障害の等級について男女に差異を設けるべきではないし、女性について規定した7級の等級を 引き下げるなどもってのほかである。労災保険法施行規則別表第1の「障害等級表」は、自賠責の後遺障害別等級表や国家公務員、地方公務員の災害補償におけ る障害等級表など様々な障害等級を定める際の参考とされており、同様の内容を持つ等級表が数多くあることから、その改正が及ぼす影響は甚大である。本件 「障害等級表」を改正するにあたっては、慎重に議論することが求められる。

6 ところで現在、厚労省では、原告に対して新しく策定する障害等級表に基づいて処分を行うことを検討している。
し かしながら、本件判決によって原処分は遡及的に効力を失っている。とすれば、処分時において効力を有する現行の「障害等級表」に基づいて判断するより他な い。その際、原告の著しい外貌醜状について、違憲であると判断された12級を適用することは許されない以上、女性の著しい外貌醜状について定めた7級を適 用するのが「本件判決の趣旨」に従うものである。また、新しい障害等級表における等級の定め方によっては、再び違憲の問題が出てきかねないのであって、そ もそもそのような遡及適用を認めるとすれば、現在の「障害等級表」に基づいてなされてきた全ての処分を見直さなければならなくなる(見直しを行う事自体は 非難されるものでないが、混乱は必至であろう)。

7 かように、事態は流動的であり、予断を許さない状況であるが、少なくとも、原告男性 については、現在の「障害等級表」により、女性について規定した7級を適用し、併合5級の認定に基づいた障害補償給付を速やかになすべきことを求めて、厚 労省との交渉を継続しているところである。
 また今後、新しい「障害等級表」が策定されるにあたっては、著しい外貌醜状障害だけではなく、単なる 外貌醜状障害についても男女に差異を設けるべきではないこと、そして、現在社会において外貌が持つ重要性に照らせば、男女を問わず等級を引き下げるような ことのないよう働きかけていかねばならないと考えている。