NTT3重偽装請負事件報告

第1 はじめに
  最高裁は松下PDP事件にて、偽装請負、違法派遣事案における受入企業が労働契約上の使用者としての責任を有することになるのか否かにつき、85年に労働者派遣法が制定されてから初の判断を行った。
   NTT3重偽装請負事件(以下、「本件」という)に対する京都地裁の判決は、上記最高裁後の偽装請負事案における下級審判断である。本件は、仮に松下 PDP事件最高裁判決の立場を前提としても、労働者と受入企業との間の労働契約の成立が認められるべき事案である。しかし、京都地裁は、最高裁が示した観 点について十分検討することもなく、原告を全部敗訴させるという極めて不当な判断を示した。

(塩見卓也)
第2 事案の概要及び原告の主張
  06年10月、原告(以下「X」とする)は、ハロー・ワークの求人、具体的には、勤務地は被告NTTの研究所 の所在地、業務は日本語研究に関する事務作業など、事業主は被告NTT(以下「Y1」とする)とは別の会社であるW社と示される求人情報を見て、それに応 募した。ハロー・ワークでは、同求人の業務はY1の研究所の仕事であるとの説明を受けた。その後、W社の社長による面接、別会社であるS社の社長とYの 100%子会社である被告NTT・AT社(以下「Y2」とする)の課長による面接、Y1の研究員2人とY2の課長による面接の三度の面接を順次受けた。一 度目の面接は10分程度であり、人物確認程度のものであった。二度目の面接では、Y2の課長から、英語能力を有するかと、5年を超える長期勤務が可能かを 尋ねられ、さらに「次回の面接では、Y1の研究員から英字新聞を訳させるなどして英語力を試させられることがあると思いますので、そのつもりでいて下さ い」との説明を受けた。三度目の面接では、実際にY1の研究員から英字新聞を訳することを求められ、その結果、Y1の研究員はXがTOEIC700点以上 の英語力を有するものと評価した。その面接の終了直後に、Y1はXを同業務に受け入れる旨をY2の課長に伝え、Y2の課長はS社の社長にそれを伝え、S社 の社長はXにそのことを伝えた。そうして、Xの同勤務地における同業務への採用が決まった。その後、XにW社の社長から電話があり、XはW社の事務所を訪 れ、W社の者から労働者雇入通知書兼就業条件通知書を受け取った。XがW社の者と顔を合わせたのは、一度目の面接とこの時のみである。
  なお、Xのこれらの面接以前に、全く同様の経緯で同業務の採用面接を受けた者がいたが、その者は、3度目の面接にてY1の研究員がTOEIC700点以上の英語力がないと判断し、その旨をY2の課長に伝えた結果、採用には至らなかった。
   Xは、同年11月の第一営業日から就労を始め、求人情報に示されていたとおり、Y1の研究所において、Y1の研究員の指揮命令下、翻訳ソフト開発に使用 するデータの作成や、研究員からその都度指示される業務等の研究補助業務に従事した。Xの行っていた業務については、W社やS社に所属する者は一切関与し ていなかった。また、Y2についても、Y1の研究員からXに指示される業務内容が電子メールの同時送信でY2の課長にも送られるなどのいくらか形式的関与 はあったが、実際にはXの従事する業務に関し具体的に指揮命令する能力を持ち合わせていなかった。しかし、契約の形式上では、Xの行っていた業務は、Y1 からY2に業務委託され、さらにY2からS社(当初はS社とはさらに別の会社とされていたが、途中からS社となった)に2次業務委託がなされ、さらにS社 がW社に3次業務委託したものとされており、Xの所属する事業主はW社とされていた。
  Xの就労に関しては、業務委託の代金として、月額約50 万円がY1からY2に支払われていた。Y2は、そこから毎月37〜38万円をS社に支払っていた。S社がW社にいくら支払っていたのかは不明であるが、W 社はXの口座に、毎月18万3000円を賃金として振り込んでいた。
  XはY1の研究所に1年5か月勤務したが、Y1の子会社で偽装請負が問題 となったことをきっかけに、Y1はY2等との業務委託契約関係を終了させようとした。Y1の研究所の研究員は、Xに職場に残ってもらうため、Xに対し、W 社を08年3月末で退職し、身分を別会社の派遣労働者に切り替えて研究所での就労を継続できるようにすることを勧めた。Xは、その勧めに従い、08年2 月、W社に退職する旨の電子メールを送信した。しかし、Y1から紹介を受けた派遣会社との間で条件が合わず、別会社による派遣労働への切り替えはかなわな かった。08年3月末、Y1はY2との間の業務委託契約を終了させ、それによってXは事実上の解雇に追い込まれた。
  上記事案の下、Xは、?採 用面接段階での労働契約締結の明示の意思の合致、?Xの就労関係の根拠とされる形式上の契約関係が職安法44条及び労基法6条に反し、公序良俗に反するも のとして無効となることを前提とする、XとY1との間の黙示の労働契約の成立、?法人格否認の法理によるXとY1との間の労働契約の成立、?Y1及びY2 の共同不法行為責任に基づく、職を奪われたことによるXの精神的苦痛に対する慰謝料及び中間搾取された差額の損害賠償請求を主張した。

第3 判決内容
 1 明示の労働契約意思の合致について
    判決は、明示、黙示を問わず、「偽装請負」状態にある場合の受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件として、「注文者と請負業者の配 下にある労働者との間に労働契約が成立するためには、両者の間に事実上の使用従属関係があるだけでなく、請負業者の配下にある労働者が注文者を使用者と認 め、これに対して労務を提供する意思を有し注文者も請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め、これに対して賃金を支払う意思を有す ると認めるに足りる事実がなければならない」との規範を立て、Y1がXを自社の労働者として認めたとはいえないと認定し、採用段階での明示の労働契約の成 立を否定した。
 2 黙示の労働契約の成立について
   判決は、黙示の労働契約の成立の検討に際し、「職安法44条及び労基法6条は、 いずれも、労働契約が誰との間で締結されたかについての効果を導く規定ではなく、原告の就労形態について、これらの条項違反があるからといって、そのこと がXとY1との間の労働契約関係を基礎付けるものとはいえない」と述べ、職安法44条及び労基法6条違反の該当性につき一切の検討を行わなかった。
    そして、「黙示の労働契約が成立したと評価し得るためには、使用従属関係という労働契約の本質的な要素がXとY1との間に存在することが主張立証され ている必要があり、具体的には職務を遂行する上で必要不可欠な作業上の留意点を指示するといった関係があるだけではなく、労働者に対して事業所における作 業開始時刻や作業終了時刻を指定して拘束したり、労働者側の事情により休暇を取得したい場合であっても、一定の要件の下で休暇申請に対して承諾をせずに勤 務を命じることができるといった支配・従属関係が存在することを主張立証する必要がある」との規範を立て、両者間に使用従属関係は認められないと認定し た。他方、「W社は使用者としては、単に、形式的かつ名目的な存在であったとはいえず、自ら使用者として実質的にXの賃金等の労働条件を決定し、毎月の賃 金を支払っていたといえる」、「XもW社から派遣されてY1で働いているという認識であった」、「Y1もXを自己の労働者であると認識して、その労働者で あるXに対して賃金を支払うべきものとする意思があったとは認められない」と認定し、黙示の労働契約の成立を否定した。
 3 法人格否認について
   判決は、法人格否認については深い検討を行うことなく、W社等が独立した法人格を有すること等の事実から法人格の濫用を否定した。
 4 不法行為責任について
    判決は、慰謝料につき、「職安法44条違反があったとしても、そのことから直ちに、不法行為が成立するとして保護されるべきものと考えなければならな いほどの精神的苦痛がXに生じたとはいえない」とし、ここでも損害論から不法行為を否定することによって、職安法44条違反の問題につき一切の検討を行わ なかった。
   労基法6条違反については、「Xの就労形態に関し、労基法6条違反による中間搾取が行われ、そのことによってXに損害が発生した と解し得る可能性がないとは断定しきれない」としながらも、Y2についてXの業務に一定の関与をしていたことから、中間搾取を行ったとはいえないとし、さ らに特に理由をつけず、Y1・Y2ともにS社及びW社とともに中間搾取を行ったとまでは認められないとした。

第4 本件の検討
 1 受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件について
    労働契約は、「当事者の一方が労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約する」意思の合致が認められば成立するもので ある。しかし、本件判決は、「偽装請負」状態にある場合の受入事業者との間の労働契約の成立が認められるための要件として、当事者の主観を重視する独自の 規範を立てている。しかも、黙示の労働契約の成否についてまで基本的にこの枠組の下で判断している。
   まず、「請負業者の配下にある労働者が 注文者を使用者と認め」「注文者も請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め、これに対して賃金を支払う意思を有すると認めるに足り る事実がなければならない」との法律上の要件に挙げられない事実を要求している点は、極めて不当な判断であるというべきである。ある労務供給関係が労働契 約に該当するか否かは、契約形式ではなく、当該契約に基づいて展開されている現実的関係の実態から判断されるべきであり、請負もしくは委任の契約形式を とった契約も、その実態からして労働契約と判断される場合には、労働契約として労働法規及び民法上の雇用に関する規定の適用を受けることは労働法学上の常 識であり、法文に挙げられていない要件を加えることで労働契約の成立を否定しようとすることは、現実的関係の実態から判断すべき労働契約概念に反する。
   また、本件判決は、上記規範を明示・黙示を問わない労働契約成立のための規範として立てているが、そもそも黙示の労働契約の成否は「注文者が請負業者の配下にある労働者を自らが雇用する労働者であると認め」ないからこそ問題となるのであって、論理的に矛盾している。
    本件判決の規範は、つまるところ、受入企業が契約の形式のみを根拠に「この労働者はうちの労働者ではない」と言えば、それだけで労働契約の成立を認め ないという考え方を採用している。「派遣」「請負」の形式さえ採用すれば、事実上受入事業者が使用者としての責任を負わなくてよいことにお墨付きを与えた も同然で、事業者側の違法行為の「やり得」を認めるものであり、実質的妥当性も全く認められない。
   以上の点で、本件判決の労働契約成立に対する考え方は、論理的にも、実質的にも、全く妥当性を欠く、極めて不当なものであるといえる。
 2 職安法44条違反を検討しなかった点について
    松下PDP事件最高裁判決は黙示の労働契約の成否の判断に先立ち職安法44条違反及び公序良俗違反の有無を検討していることから、最高裁が、形式上の 契約関係が無効となるか否かの点が黙示の労働契約の成否に影響するとの考えを採っていることは明らかである。にもかかわらず、本件判決は職安法違反の事実 や契約が無効になるか否かは労働契約の成立に無関係と断じ、これらの点の検討を一切行っていない。明らかに最高裁の判断枠組に反する極めて不当な判断であ るといえる。
   また、本件判決は、不法行為についての判断においても、損害論から不法行為責任を否定し(原告代理人としてはこの事実認定自体が信じられない判断なのだが)、ここでも職安法違反の認定を正面から行うことを避けている。
    本件事案は、職安法44条違反の問題に踏む込めば、Y1ら事業者側の悪質性に深く言及せざるを得ないものである。そして、事業者側の悪質性・違法性が 高いと認定されれば、それは自ずと不法行為の損害論にも影響するはずである。また、先にも述べたとおり、形式上の契約関係の無効は労働者と受入事業者との 間の労働契約の成立を推認し易くする。にもかかわらず、あえてそれらの点の判断を避け、悪質性の認定に踏み込まず、Y1との間の労働契約の成立や事業者側 の不法行為責任を否定した本件判決の判断は、最高裁の考えに反するものとして破棄されるべきものといえる。
 3 「使用従属関係」について
    この判決のもう一つの特徴は、黙示の労働契約が成立するための「使用従属関係」の認定につき、非常に厳しい規範を立てた点である。そして、欠勤の場合 に報告は行っていても承認までは不要だったことやY1がXに懲戒権を行使したことがないことなどを根拠に、両者間に黙示の労働契約の成立の前提となる使用 従属関係は認められないと認定しているのである。他方、Xと接触したことがXのY1での勤務開始前に2度あったに過ぎないW社を実質的にも「使用者」であ ると正面から認めてしまっている。この事実認定は、もはや滑稽ともいうべきである。
   本件では、Xが労務に従事していた事実が間違いなく存在 するところ、その労務はXが誰の指揮命令も受けず単独で遂行できるようなものではなかった。そんな中で、W社及びS社はXの業務に一切関与しておらず、 Y2も形式的な関与を僅かに行うのみであった。そして、Y1こそが、Xの労務を受け入れ、指揮命令する主体であった。このような事実関係で、XとY1との 間に使用従属関係がないというのは、あまりにも常識外れというべきである。
 4 損害論について
   これまで述べてきたように、本件判決はその大半が極めて不当な判断で占められているが、唯一の見るべき点は、労基法6条違反について中間搾取分が不法行為の損害となる可能性を認めたことである。
    もっとも、Y2につき、Xの業務に一定の関与をしていたことから中間搾取を行ったとはいえないと判断した点は、極めて不当である。Y2はXとの形式上 の契約関係においても何ら直接の関係のない者なのであって、いかなる観点からもXの就労に関与して利益を得ることを正当化することはできない。仮にY2の 関与が正当な業務請負関係に基づいており、Y2の得た利益が1次請負事業者としての正当な業務遂行の対価といえるものであれば、Y2の利益は正当化できる が、本件判決は本件就労関係の職安法44条違反の有無につき全く判断していないのであって、Y2の関与が正当な業務請負関係に基づくものであるとは認定し ていないのである。したがって、Y2がXの業務に一定の関与をしていたからといって、それをもってY2がXの就労に関し利益を得た(中間搾取を行った)こ とを正当化する余地はないのである。Y2の利益を正当化するのであれば、本件において職安法44条違反の事実がないことの認定が不可欠なはずなのである。
    また、本件判決は、特に理由をつけず、Y1・Y2ともにS社及びW社とともに中間搾取を行ったとまでは認められないと認定しているが、本件でY1はX の就労に関し2次請負事業者としてS社が関与していることを認識していたことを認めているのであり、かつS社以下の者がXに何らの指揮命令を行っていない ことも認識していたことは明らかなのである。とすれば、Y1、Y2ともに、S社以下と共同実行する意思をもって職安法44条違反及び労基法6条違反を行っ ていたことは明らかというべきである。
   本件判決のように中間搾取が損害となる可能性を認めるのであれば、上記のとおりの正しい事実認定が行われさえすれば、Xの中間搾取分についての損害賠償請求は認められるものといえよう。

第5 おわりに
    本件判決の根本的問題点は、労働契約概念とは当事者の主観的意図を問題にするものではなく、当事者の基本的な事実認識、就労関係の客観的事実から、労 働法による保護を要する関係にあるといえるか否かによって決せられるという視点、特に「黙示の労働契約」は「客観的に推認される意思」を問題とするもので あって、当事者の主観的意図など全く問題とされないという視点が完全に欠落し、形式的契約内容から当事者の主観的意図を問題として労働契約の成否を判断し ている点にある。労働契約は、当事者が主観的にどう考えていたかにかかわらず、一方当事者が他方当事者の業務につき労務を提供することと、それに対して対 価が支払われることを両当事者が認識した上で合意すれば、それで成立するものであるはずである。
   今回の判決は最高裁判決の考え方すら無視 し、独自に最高裁判決の考え方よりはるかに厳しい規範を立てて、労働者を負かせた判決であるといえる。労働法制、労働契約概念は、他人決定性、経済的従属 性から不利な立場に立たされる労働者を保護し、使用者との間に実質的に対等な関係を構築するために定立されたものである。本件判決は、逆に労働契約概念を 使用者側を保護するための概念にねじ曲げたものといえよう。
   本件判決は、松下PDP事件最高裁判決後における偽装請負事案に対する下級審判 決であり、最高裁判決の影響がいかなる形で現れるかに関心が持たれたが、本件判決に対しては、最高裁判決の「論理」が影響したのではなく、「最高裁が労働 者を負かす方向にシフトした」という政治的ベクトルが下級審裁判官に影響を及ぼした結果であるというべきものと考える。
   いずれにしても、本件は今後の運動のためにも勝つべき事件、負けてはならない事件である。現在私はこの判決に怒り心頭であるが、この悔しさをエネルギーに、控訴審で必ず勝つよう頑張っていく所存である。