自由法曹団京都支部の歩み

 1963年(昭和38年)10月29日、自由法曹団京都支部は結成された。戦前治安維持法による弾圧を身をもって体験された能勢克男団員、戦後の混乱期 に能勢団員とともに京都府下は勿論のこと、滋賀、福井にまで弾圧あるところ東奔西走して、獅子奮迅の活躍をされた小林為太郎団員、オールドリベラリストと 自称されていた老いの一徹の正義漢中村三之助団員、それに安保闘争体験組の柴田茲行、莇立明、山口貞夫、平田武義の四団員、合計七人によって結成されたの である。

 当時の結成趣意書によると、京都支部結成の心意気を高らかにこう宣言している。
 「10月17日、最高裁判所は白鳥事 件の上告を破棄した。この判決は真実にそむき正義をふみにじった不正な判決であり、日本人民の平和と民主主義を守るたたかいに対する明らかなる挑戦であり ます。私たちは、松川事件の権力犯罪追及のたたかいと結合し、白鳥事件はじめ、すべての階級的弾圧事件のでっちあげをいっそう広範な人々に訴えるととも に、私達のたたかいを更に一層強固に統一しなければなりません。
 このようなきびしい情勢の中で私達のよるべなき唯一の力は労働者階級を中心とする広範な人民大衆の力であります。
  松川のたたかいこそは人民大衆の力のみをよりどころとし、「一人でも味方をふやしていく」ということの中から広範な人民大衆のたたかいを組織することに成 功し、その力が権力犯罪の実体を暴露することができました。この意味で松川のたたかいは私達に貴重な教訓を擁護し、民主主義を守るたたかいに積極的に参加 してきました。自由法曹団の43年にわたる輝かしい歴史と伝統はまさに人民大衆の支持の中で築かれてまいりました。
 京都においても、京教組勤評反対闘争に対する弾圧、全自交闘争に対する弾圧等々の弾圧犠牲者の数は約100名にもおよびます。又、資本の合理化攻勢の中で、多くの活動家ならびに労働組合は、偽装閉鎖反対、解雇反対闘争等のたたかいを果敢に展開しています。
  私達は今まで自由法曹団員として、個々にそれぞれの立場で、以上述べたような団の任務を遂行してきましたが、松川闘争の勝利を契機にこの際、団員は結束し て諸々の権力犯罪と対決すべく、自由法曹団京都支部を結成し、敵の攻撃に対して果敢に且つ敏速に対処し、人民大衆のたたかいの先頭に立ってたたかうことを 決意いたしました。」