京阪バス事件地裁判決の報告(2011年1月16日)

 バス運転手のMさんが酒気帯び状態であったことを理由に解雇された事件につき、井関団員とともに担当させていただきました。1年以上の裁判の結果、解雇は解雇権濫用であり無効とした地裁判決について、以下ご報告いたします。

第1 事案の概要
1 京阪バスに勤務する運転手のMさんは、平成21年6月、出庫前点呼(出勤して乗務する前にされる点呼)の際に行われた飲酒検査で「酒気帯び」状態であったとされました。飲酒検査に使用されていた検知機は、呼気中のアルコール濃度が呼気1リットルあたり0.07から0.15mg未満の場合には「Low」の反応が、0.15mg以上の場合には「High」の反応が出るとされるものでしたが、パンや煙草、口内洗浄剤などにも反応する簡易なものでした。つまり、仮に検知器が反応したとしても直ちに「飲酒」によるものと断定できるような性能はなかったのです。
2 Mさんの検査の結果、検知器は「Low」の反応を示しました。しかし、Mさんは痛風のために酒を控えており、前日の飲酒量はそれほど多いものではありませんでした。また、会社営業所に到着する直前にエチケットマウスミント(口臭予防スプレー)を使用しており、検査前に水でうがいをすることなく呼気を検知器に吹きかけていたことや、僅か30分程度で呼気は検知器が反応しない状態になったことなどから、飲酒によるアルコール以外の物質に検知器が反応したものと考えられました。
 これに対して、会社は「飲酒によるアルコール」に検知器が反応したのかどうかを精査することなく「酒気帯び」であったとして諭旨解雇とし、これに応じなかったMさんを懲戒解雇としたのです。
3 そこで、Mさんは、平成21年9月、京都地方裁判所に雇用契約上の地位確認等を求める裁判を提訴しました。
 1年以上にわたる裁判の末、平成22年12月15日、京都地裁和久田裁判官は、被告会社の解雇は解雇権の濫用であり無効として、(1)Mさんの雇用契約上の地位を確認し、(2)解雇とされた日以降の賃金及び賞与の支払い、(3)解雇が不法行為に該当するとして慰謝料等の支払いを命じる判決をしました。Mさんの主張について一部認められないところもあったものの、バス運転手に復帰したいというMさんの思いが認められた判決でした。
  
第2 争点とこれに対する地裁の判断
1 本件解雇が解雇権を濫用したものと言えるかの判断にあたっては、原告Mさんが「酒気帯び」状態であったかが重要です。被告会社は、検知器が「飲酒」以外のアルコールや食品などにも反応すること自体は争いませんでしたが、検査当時Mさんが酒の臭いをさせていたことや、検知器の反応が「High」であったこと等を主張し、検査結果を記録した「聞取りファイル」と飲酒チェック発覚についての「報告書」が証拠として提出されました。
 しかし、この「聞取りファイル」と「報告書」は、検査直後に作成されたと思われるもの((1)とします)に加えて、Mさんの処分を決定する賞罰委員会直前になって検査結果等を訂正したとするもの((2)とします)の2種類があるのです。
 この「聞取りファイル(1)」「報告書(1)」(以下、合わせて「文書(1)」)と「聞取りファイル(2)」「報告書(2)」(以下、合わせて「文書(2)」)の作成過程と検査結果の真偽が、この裁判の判決に重大な影響を与えていたように思います。
2 これらの判断のために、文書作成に関わった被告会社関係者の証人尋問の他、文書プロパティにより作成日付が確認されました。
 そして、そもそも文書(1)の作成にあたって検査結果や検査時刻が何ら正確に記録されていないこと、文書(2)は賞罰委員会の資料に付されるものであるにも関わらず賞罰委員会開催後に作成されたものであるうえ、あたかもMさんが遅刻し、検査結果も重大であったかのように、Mさんに不利益な改変が加えられていることが明らかにされました。
3 判決は、文書(1)と文書(2)の作成に関わった被告会社側証人らの証言には矛盾がある上、検査結果につき「High」としている文書(2)においても僅か30分程で検知器が反応しない状態になっていたことを捉えて、成人男性のアルコール分解速度に照らせば、原告における検知器の反応は「Low」にとどまったと認定しました。
 そして、被告会社が解雇を正当化するためには、検知器の反応が「Low」(すなわち、道交法上の酒気帯び状態に至らない状態)であったとしても、アルコールの臭いがしたから「酒気帯びであった」と証明するほか無いが、「原告が酒の臭いをさせていた」とする被告側証人らの証言は信用できない上、文書(1)では「甘い酒のにおいがした」旨記載されていたところを、文書?では「甘い」という記載を削除して改変を加えていることなどから、酒気帯び状態ではなかった可能性があるとされました。
 その上で、判決は、酒気帯び状態であることの断定ができない者についても当然に解雇とすることが社会一般の常識であると評価することには躊躇を感じること、被告会社において酒気帯びと断定できない者についても解雇とする運用があったかについては明らかでないことを理由に、原告について諭旨解雇とするのは社会通念上重きに失すものと評価せざるを得ないと判断し、本件諭旨解雇は解雇権を濫用した無効なものと言わざるを得ないとしました。
 また、判決は、事実関係を確定するにあたって被告は科学的な分析に努めることなく、不適切な方法で(文書(1)から文書(2)へ)記録を改変し、こうした記録の内容について原告に反論する機会を与えずに賞罰委員会における審議をしたという手続経過は、通常の解雇手続で行われるべき手順を逸脱し、不法行為に該当するとしました。

第3 第1審を終えて
1 この裁判は文書の改変が注目されますが、私にとってはバス運行の安全確保と運転手の雇用上の地位確保という二つの側面から飲酒について再考する機会となりました。
 確かに、バス運転手が酒気帯び状態で運転業務に就くことは許されるものではありません。会社が乗務前に飲酒検査を行うのは、酒気帯び等の危険な運転を防止するためであり、検査により飲酒以外の理由で検知器が反応したとしても、安全性を確保するために当日の乗務を禁じることはやむを得ない措置と思われます。
 しかしながら、そのような広い捕捉はあくまで安全性を確保するという目的の下に許容しうるのであって、酒気帯び状態であったかの精査もないままに解雇という重大な不利益を科されることは重きに失するものです。手続適正が欠如した上、それを隠ぺいするかのように文書の改変が行われた本件において、被告会社の解雇権濫用が認められたことは当然の結果だったと思います。
2 また、この裁判には毎回たくさんの支援者が傍聴に来て、判決までともに戦ってきました。判決後もMさんが速やかに職場復帰できるよう力添えいただいていたのですが、被告会社は控訴してしまいました。
 Mさんにとっても、検知器が「Low」の反応を示したのはエチケットマウスミント(口臭予防スプレー)等によるものと主張し続けていましたが、判決理由において「検知器の反応は飲酒によるものではない」とまではされなかったことなど、全面的に満足のできる内容の判決ではありませんでしたが、職場復帰を何よりも望み、早期解決を願っていたため、被告会社の控訴は残念でなりません。
 Mさんが再びバス運転手としてハンドルを握る日が、一日も早く訪れることを願うばかりです。

以上

(中村直美)