「元社会保険庁職員の分限免職処分取消訴訟」

1 はじめに
 2010年7月23日、京都各地の社会保険事務所の元職員が京都地裁にて国を相手どり一斉に提訴した。2009年12月末の社会保険庁解体に伴い公務員の職を奪われた元職員らが、公務員としての身分の回復を求める裁判は全国で初めてである。

2 不必要な分限免職処分の強行
社保庁解体に伴う分限免職処分の概況
 2009年12月末、社会保険庁が解体され、2010年1月からは日本年金機構法によって設置された日本年金機構(以下「機構」という)が年金業務を行っている。社会保険庁廃止時、職員は1万2566人いたが、このうち、2009年12月28日までに機構に採用された者は1万0069人(うち正規職員9499人、准職員570人)、厚生労働省等に配置換えとなった職員は1293人であり、1159人は同年末をもって「離職」した。このうち当局による勧奨退職に応じた者は631人、自己都合退職者が2人。残りの525人が国家公務員法78条4号の「官制若しくは定員の改廃」を理由に分限免職処分された。民間でいえば整理解雇に相当する行政処分である。
年金問題の解決に逆行する不当な目的による処分
 1000人以上の職員を退職勧奨、分限免職等によって「離職」させる一方、機構は2000人もの職員を民間から採用した。また、同機構は発足時から職員の数が定員割れしている。実は、人手が不足しているのである。
 このように、機構が一方で大量の「離職」者を出しながら、一方で大量の外部採用を行い、それでも定員割れが発生しているのには理由がある。年金機構の設立にあたっては、自民党政権下の2008年7月29日に閣議決定された「日本年金機構の当面の業務運営に関する基本方針」によって、懲戒処分歴のある者を一律に不採用するなど露骨な選別採用の方針を打ち出したのだ。この方針に基づき、交通事故、いわゆる「のぞき見」問題によるもの、「無許可専従」問題等、理由の如何を問わず、懲戒処分歴のある職員はそもそも日本年金機構の職員募集に応募させない運用がなされ、応募した処分歴保有者についても一律に不採用にされた。これは年金記録問題等ずさんな年金行政に対する国民の不満を一般職員に集中させ、本来責任のある政権や幹部職員から不満をそらすための露骨な策動だったと言えるが、自民党政権が陥落した後に3党連立政権が樹立された後もこの方針は改められず、懲戒処分歴保有者が機構に採用されることはなかった。
 政府の年金業務監視委員である高山憲之氏(一橋大学経済研究所教授)も、「年金実務のプロフェッショナル」を解雇したことが年金記録回復が遅れる原因と指摘し、「行きすぎた制裁を再考するように求めたい」と述べている(週刊ダイアモンド2010/8月14・21合併号掲載記事  「年金記録回復はペースダウン中 実務に精通した職員解雇のツケ」)。

3 分限免職処分は違法であり取り消されるべきものである
免職の必要性を欠くこと
 一方で年金業務に携わる職員が不足しているのに、一方で年金業務に携わってきた熟練の職員を免職するのは不合理であり、今回の分限免職処分について分限免職処分の必要性が無いことは明白である。もっとも、機構の職員採用にあたっては、国鉄分割民営化の際と同様に、設立委員会による職員採用という方式が採られており、必要性を議論するについてはこの壁をいかに突破するかが今後のポイントとなる。
解雇回避努力義務が全く果たされていないこと
 公務員の分限免職処分の場合、分限免職処分を行うための条件について、明文規定はない。しかし、分限免職処分は公務員の職を奪う重大な不利益処分である点は民間の整理解雇と全く一緒なのだから、民間労働者との均衡上、当然、分限免職処分を回避するための措置が必要といえる。また、公務員には行政の中立性を保持するために、政治的な処分から保護されなければならず、この面からも分限免職処分は抑制的でなければならないだろう。
 判例にも、1968(昭和43)年に市立病院の経営再建のために、職員が国家公務員法78条4号と同趣旨の地方公務員法28条1項4号に基づいて分限免職された例で、福岡地方裁判所昭和57年1月27日判決は、分限免職回避のための努力義務を尽くさない場合には分限免職が違法であるとして、免職処分を受けた者のうち一部の者に対する分限免職処分を取り消している。他にも、地方公務員である学校の校長が適格性を問題として分限免職された例で、最高判決昭和48年9月14日は、分限免職処分が公務員としての地位を失う重大な処分であることに鑑み、特に厳密、慎重な判断が求められる旨判示している。少なくとも、裁判所が分限免職処分を公務員の職(すなわち生きる道)を奪う究極の手段と捉え、抑制的な態度をとっているのは明らかだろう。
 しかし、職員らの分限免職処分については、全くと言っていいほど、解雇回避努力義務がなされなかった。典型的には他省庁の定員削減に際しては「雇用調整本部」が設置され、政府と全省庁を挙げて他の公務職場への配置転換が図られるが(2009年にも300人以上が配置転換されている)、社会保険庁の解体に際してはこのような枠組みがとられず、差別的取扱いを受けた。他の「再就職支援」や「官民人材交流センター」についても形だけのものであり、実効性のあるものではなかった。
違法な二重処分、三重処分
 すでに述べたように、分限免職処分を受けた職員たちのうち相当数は年金記録の「のぞき見」(目的外閲覧)で処分を受ける等の懲戒処分を受けたことを理由に、機構から排除され、さらに公務員としての身分まで奪われた。このような処分は、一つの非違理由を足がかりに二重、三重の処分を科すものであり、絶対に許されない。

4 分限免職処分を受けた人達の顔ぶれ
 京都の職場で勤務していて提訴に及んだ人たちにも様々な人たちがいる。
 一番多いのはいわゆる年金記録の「のぞき見」(目的外閲覧)問題で懲戒処分を受けた人たちである。年金記録の目的外閲覧は本来は軽微な内規違反に過ぎないが、政治家の未納情報が漏洩したことで「未納三兄弟」の言葉に代表されるように自民党政権を揺るがす大問題になったこともあり、目的外閲覧を行ったことがある職員が懲戒処分を受けることになった。職員は個別のカードを用いて端末にログインしていたが、当時はカードの使い回しが日常的になされており、本人がのぞき見たわけではないのにカードの管理責任を問われたり、冤罪であった人も多い。
 また、いわゆる「無許可専従」問題で懲戒処分を受けた人たちがいる。京都の社会保険の職場では、組合の書記長が、職場で通常の勤務をしつつ、一方で職場内の別の部屋にある机で当局との間で職員の勤務条件に関わる問題について予備交渉(国公法108条の5の5項)をしたり、当局が実施する諸施策について当局から意見を求められて職員の意見聴取を行うなど、他の「無許可専従」と比べても極めて異質な勤務形態を取っていた実態があった。このような当局公認の行為が後に「無許可専従」と決めつけられ、計3名の職員が懲戒処分を受け、分限免職処分に至ったのである(この懲戒処分については審査請求及び処分取消訴訟で係争中)。
 最後に、何の処分歴もないのに分限免職に追い込まれた人がいる。職員の夫婦が、夫婦ともに懲戒処分歴がないのに、2人とも分限免職とされた夫婦もいる。
 これらの人々のいずれについても、分限免職処分が許されないのは明らかである。

5 最後に
 今回、一連の公務員バッシング、中でも社会保険庁バッシングが吹き荒れる中で、国鉄解体と類似の手法を用いて、大量の国家公務員の解雇が実行された。このような手法による公務員の大量解雇が許されるとすれば、公務員の身分保障は絵に描いた餅となり、今後深刻な事態が広がっていくことは明らかである。
 社会保険庁解体の本質を見抜き、この裁判と運動を支援していただくようお願いしたい。

以上