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自由法曹団とは

自由法曹団とは、人権と民主主義の実現をめざすことを掲げた弁護士の個人加盟の団体です。
その目的は「基本的人権をまもり民主主義をつよめ、平和で独立した民主日本の実現に寄与すること」であり、「あらゆる悪法とたたかい、人民の権利が侵害される場合には、その信条・政派の如何にかかわらず、ひろく人民と団結して権利擁護のためにたたかう」ことです。
約1800名の弁護士を擁し、東京に本部を置き、都道府県や地域ごとに支部があります。
京都支部には現在約70名の弁護士が加盟しています。
自由法曹団の活動分野は、刑事弾圧・冤罪事件、労働事件、税金訴訟、環境・公害事件、消費者事件など市民生活のあらゆる分野にわたっていますが、市民の自由と人権を徹底的に守り抜くという視点を貫いています。
団員は各法律事務所に所属して弁護活動を行うと同時に、広く市民や諸団体と手を携え活動することにより、権利救済や権利実現をはかっていくことを追求しているところに、大きな特徴があります。

自由法曹団の歴史と活動

自由法曹団は、侵略戦争遂行のため国民の自由と人権が踏みにじられてきた戦前の暗黒時代に、反戦平和と自由・人権の擁護を旗印に1921年に結成され、90年近い伝統をもっています。
戦 後、日本国憲法の民主主義や人権の精神を実現するために大きな役割を発揮しています。松川事件をはじめとする権力の弾圧事件に国民ぐるみの取り組みを展開 し、刑事事件を利用した人権じゅうりんを許さず、労働者や労働組合にかけられた、使用者や国からのさまざまな干渉をはねかえす取り組みなどを続けてきまし た。
また、憲法の改悪、市民の権利を不当に奪う悪法の制定や、民主主義を根底から破壊しようとする小選挙区制の導入などに反対し、自衛隊の海外派 兵など平和をないがしろにしようという策動ともたたかい、阪神・淡路大震災に対する取り組み、国家秘密法、警察拘禁二法、労働基準法「改正」、盗聴法、定 期借家法など悪法に反対するたたかい、国民のための司法の民主化をめざす取り組みなど、国民的な課題での取り組みを前進させてきました。
また、坂本弁護士(団員)一家の救出のためのさまざまな取り組みやオウム真理教に対する早期解散命令を求める取り組みなどを進めてきました。

自由法曹団京都支部の歩み

 1963年(昭和38年)10月29日、自由法曹団京都支部は結成された。戦前治安維持法による弾圧を身をもって体験された能勢克男団員、戦後の混乱期 に能勢団員とともに京都府下は勿論のこと、滋賀、福井にまで弾圧あるところ東奔西走して、獅子奮迅の活躍をされた小林為太郎団員、オールドリベラリストと 自称されていた老いの一徹の正義漢中村三之助団員、それに安保闘争体験組の柴田茲行、莇立明、山口貞夫、平田武義の四団員、合計七人によって結成されたの である。

 当時の結成趣意書によると、京都支部結成の心意気を高らかにこう宣言している。
 「10月17日、最高裁判所は白鳥事 件の上告を破棄した。この判決は真実にそむき正義をふみにじった不正な判決であり、日本人民の平和と民主主義を守るたたかいに対する明らかなる挑戦であり ます。私たちは、松川事件の権力犯罪追及のたたかいと結合し、白鳥事件はじめ、すべての階級的弾圧事件のでっちあげをいっそう広範な人々に訴えるととも に、私達のたたかいを更に一層強固に統一しなければなりません。
 このようなきびしい情勢の中で私達のよるべなき唯一の力は労働者階級を中心とする広範な人民大衆の力であります。
  松川のたたかいこそは人民大衆の力のみをよりどころとし、「一人でも味方をふやしていく」ということの中から広範な人民大衆のたたかいを組織することに成 功し、その力が権力犯罪の実体を暴露することができました。この意味で松川のたたかいは私達に貴重な教訓を擁護し、民主主義を守るたたかいに積極的に参加 してきました。自由法曹団の43年にわたる輝かしい歴史と伝統はまさに人民大衆の支持の中で築かれてまいりました。
 京都においても、京教組勤評反対闘争に対する弾圧、全自交闘争に対する弾圧等々の弾圧犠牲者の数は約100名にもおよびます。又、資本の合理化攻勢の中で、多くの活動家ならびに労働組合は、偽装閉鎖反対、解雇反対闘争等のたたかいを果敢に展開しています。
  私達は今まで自由法曹団員として、個々にそれぞれの立場で、以上述べたような団の任務を遂行してきましたが、松川闘争の勝利を契機にこの際、団員は結束し て諸々の権力犯罪と対決すべく、自由法曹団京都支部を結成し、敵の攻撃に対して果敢に且つ敏速に対処し、人民大衆のたたかいの先頭に立ってたたかうことを 決意いたしました。」